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神戸地方裁判所 昭和33年(ヌ)99号 決定 1959年2月05日

債権者 大形藤治

債務者 卜部和義

主文

本件強制競売の申立を却下する。

申立費用は、債権者の負担とする。

理由

本件の事案は、債権者において神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成第二二五、二八八号講金債務履行契約公正証書の正本に執行文の付与を受けた上、これに基く強制執行として講金掛戻金残額金二七〇、〇〇〇円の支払に充てるため、債務者所有名義にかかる神戸市東灘区住吉町観音林一、八七五番の三八地上、家屋番号一三番の六、木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪一二坪七合一勺、二階坪一二坪七合一勺の強制競売を申し立てたものである。

しかるところ、債権者が本件強制競売申立の基本たる債務名義として援用している前掲公正証書の記載内容は、別紙のとおりであることが記録上認められるが、これによると、同証書は、公証人がその権限内において成規の方式により作成したものであり、かつ、その末尾には本件債務者の外大島力太郎及び上田藤一がひとしく「借主」たる作成嘱託人として名を連ねていることが明らかであるけれども、右証書がこれら借主の全員に対して一様に執行力を有する執行証書かどうかは、その記載自体に照らしかなり問題であるといわねばならない。そして、この点に対する当裁判所の判断は、左のとおりである。

まず、本件公正証書によれば、大島力太郎が「新日本文化協会後援講」の講員として同講則に基き落札金の貸与を受けたということで、同講の管理人たる本件債権者に対し落札金二八五、〇〇〇円を掛け戻す債務のあることを承認し、右金額とこれに対する一定の遅延損害金につき不履行のときは直ちに強制執行を受けても異議がない旨受諾の意思を表示していることが明らかである。したがつて、大島力太郎に対する限り同証書の執行力を認めるについてはなんら支障を認めることができない。しかしながら、本件の債務者と上田藤一もまた債権者に対しなんらかの債務を負担し、かつ、これにつき執行受諾の意思を証書上表示しているかどうかは、甚だ疑問のように思われる。この点に関し、本件公正証書の第一条に「一金弐拾八万五千円也但し連帯債務とす」という文言があることを主たる根拠として、本件債務者と上田藤一もまた大島力太郎と同様債権者に対し金二八五、〇〇〇円を支払う債務のあることを約諾し、同金額とこれに対する一定の遅延損害金につき執行受諾の意思を表示したものであり、かつ、右借主三名の各債務は、相互に連帯関係に立つこれが本証書上明らかにされていると考えるのも、たしかに一個の立場であろう。しかしながら、同条において直接規定されているのは、明らかに「借主大島力太郎」の本件債権者に対する講契約上の落札金掛戻債務に外ならず、同条に「但し連帯債務とす」とあるのは、右借主の債務の態様を表示したにすぎないと解するのが、同条の文言の意味に適合したより妥当な解釈であると考える。すなわち、同条には大島力太郎が本件債務者及び上田藤一と連帯して金二八五、〇〇〇円を債権者に支払うことを約諾したとは明記されているが、本件債務者及び上田藤一が相互にかつ大島力太郎と連帯して右金員を債権者に支払うことを約諾したとは記載されていないのである。それでも、債権者と大島力太郎との関係においては、大島と同一の債務を本件債務者及び上田藤一が各自負担していることが確認されており、右両名の一方又は双方につき民法第四三四条ないし第四三九条所定のなんらかの事由が発生すれば、大島力太郎に対しその効力が及ぶわけであるから、その限度において右の「但し連帯債務とす」という文言も全然無意味なものとはいえないのであるが、そのことから逆に大島力太郎につき右民法各条所定のなんらかの事由が発生した場合、それが本件債務者及び上田藤一に対しても効力を及ぼすといつた性質の債務を右両名が負担しているという結論を導き出すことは、もとより当らないであろう。さらにまた、引き続き本件公正証書の第二条には、「借主」は、昭和三二年一月以降毎月二三日に金一五、〇〇〇円ずつ一九回に分割して前記金二八五、〇〇〇円の債務を持参弁済すべき旨、第三条には、「借主」が所定期日に弁済を怠れば利息制限法許容の最高の率による遅延損害金を支私うべき旨、第四条には、「借主」は、貸主たる本件債権者が権利行使に費用を出損したときはこれを償還すべき旨、第五条には、「借主」は、前記分割弁済を一回でも遅滞したり、前記「新日本文化協会後援講」の講則に違反したり、その他一定の信用を害するような事由があると、当然残債務について期限の利益を失う旨、第八条には右講において「借主」が実講員としての債権を有するときは、「借主」の債務不履行の場合当然相殺される旨記載されているのであるが、右各条にいわゆる「借主」とは、明らかにいずれも第一条の「借主大島力太郎」を受けるものであつて、本件債務者及び上田藤一を含む意味において用いられたものではない。そのことは、第一条の「借主大島力太郎は………(中略)………第弐条以下の事項を遵守して之を履行すべきことを約諾したり」という文言に照らしても、また、第五条第五号及び第八条によると「借主」とは前記講の講員たる資格を有するものと考えられるが、本件債務者及び上田藤一が右講の講員である旨の記載は、本件の証書上見られないことに照らしても、疑を容れる余地のないところである。その他本件債務者及び上田藤一が債権者に対しなんらかの債務負担の意思を表示した旨の記載は、右証書から直接これを認めることができない。そして、最後に本件公正証書の第九条には、「借主は債務不履行のときは催告を要せず直ちに強制執行を受くるも異議なき旨認諾す」と記載されており、これは、公証人に対する訴訟法上の意思表示の内容を記載したものである点において他の条項と性質を異にするものと考えられるが、同条にいわゆる「借主」だけが本件債務者及び上田藤一をも含むものと解するならば、右両名がいかなる債務の不履行の場合に強制執行を受けても異議がない旨受諾の意思を表示したのか、その債務の内容が証書上全く明らかにされていないことになつて、甚だ不合理であるから、やはり同条中の「借主」も、大島力太郎だけを意味するものと解するの外はない。

以上脱明したところを要約すると、本件債務者及び上田藤一は、いずれも本件公正証書の作成嘱託人たる「借主」としてその末尾に名を連ねているけれども、右両名が債権者に対しいかなる債務を負担しているのか証書上明らかになされていないのみならず、右公正証書にはこれら「借主」両名にかかる執行受諾文書の記載を全く欠いていることに帰着するわけである。

もつとも、本件公正証書の記載内容を上述のように理解するならば、本件債務者及び上田藤一が右証書の作成嘱託人としてその末尾に名を連ねていることが無意味になるという論難が当然予想されるところである。しかし、当裁判所は、決して右両名が本件公正証書作成嘱託当時債権者に対し債務を負担していなかつたと断言しているわけではない。むしろこれらの当事者間においても債権債務関係があつたからこそ、これを後日のため明確にする意図をもつて公証人に証書の作成を嘱託したと考えるのが相当であるし、また、本件公正証書の記載全体を通読すると、本件債務者及び上田藤一が同証書の作成嘱託にあたり相互にかつ大島力太郎と連帯して債権者に対し落札金二八五、〇〇〇円を掛け戻すことを約諾した事実そのものも、一応これを推認することが可能であろう。しかしそれにしても、執行証書上債権債務関係が表示されている場合にあつては、その債権債務関係の発生原因たる売買、消費貸借等の事実が多少ともその証書に記載されているのが通常であるが、本件債務者及び上田藤一に関する限り、大島力太郎と並んで「新日本文化協会後援講」の講員なるが故に同人とひとしく落札金掛戻債務の履行を約諾したのか、それとも、右講員たる資格はないが大島力太郎の落札金掛戻債務を担保する意味において保証又は重畳的債務引受をしたのか、本件公正証書の記載からはこれらのことを全く推測することすらできないのである。かような次第で、本件債務者及び上田藤一が相互にかつ大島力太郎と連帯して前記落札金掛戻債務を負担することを約諾したことを肯認するとしても、それは、前述のとおりあくまでも推認の域を出ないものであつて、右債務負担の意思表示がなされた事実が本件証書に直接記載されていないということ自体は、やはり否定し難いところであろう。さらにまた、本件債務者及び上田藤一が債権者に対する私法上の法律行為として債務の履行を約諾したことは、一応推認されるとしても、同様に公証人に対する訴訟行為を構成するところの右債務にかかる執行受諾の意思表示がなされた事実も本件証書の記載から推認されるかどうかは、甚だ疑問であるといわねばならず、当裁判所は、この点に関する限りむしろ消極に解するのが相当と考えるのである。かりにこの点を積極に解するのが正当であるとしても、右執行受諾の意思表示がなされた事実が本件公正証書に記載されていると認めることには、同証書に用いられた文言に照らし到底賛成することができない。

してみれば、本件公正証書は、その記載自体に照らし、本件債務者及び上田藤一に対する限り民事訴訟法第五五九条第三号所定の執行力具備の要件を欠くものといわなければならない。よつて、同証書の本件債務者に対する執行力の存在を前提としてなされた本件強制執行の申立は、許されぬものであるから、これを却下することとし、なお、申立費用の負担につき同法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 戸根住夫)

(別紙)

第弐拾弐万五千弐百八拾八号

講金債務履行契約公正証書

当事者の嘱託に因り昭和参拾壱年拾壱月拾九日公証人山崎敬義役場に於て左記法律行為に付嘱託人の陳述を聴き之を録取し此の証書を作成す

法律行為の本旨

第壱条 借主大島力太郎は新日本文化協会後援講の講員にして同講規則に基き落札金の貸与を受け之を受領したるにより同講管理人たる後記貸主に対し左記金額の掛戻しを為すべき債務あること並に第弐条以下の事項を遵守して之を履行すべきことを約諾したり一金弐拾八万五千円也但し連帯債務とす

第弐条 右金額は無利息とし借主は昭和参拾弐年壱月弐拾参日を始めとし爾後毎月弐拾参日に壱回金壱万五千円也宛拾九回に分割し貸主住所又は其指定する場所に持参弁済すべし

第参条 借主が所定期日に弁済を怠りたるときは現実に之が履行を終る迄利息制限法最高の率に依る賠償利息を支払ふべし

第四条 借主は貸主が督促集金其他本債権行使に付費用を要したるときは全部之を弁償すべし

第五条 借主は左記各号の壱に該当する事実の発生に因り当然分割弁済の利益を失ふ依て貸主は催告其他何等手続を要せず即時債務残額全部を一時に請求することを得べし

壱、第弐条の分割弁済を壱回にても遅滞したるとき

弐、貸主に告知せずして住所居所若くは職業を変更したるとき

参、他事件のため差押、仮差押、仮処分を受け又は競売若くは破産和議の申立を受けたるとき

四、本債権を侵害し其他不信用行為ありしとき

五、本契約又は講則に違反したるとき

第六条 当事者は本件に関する訴訟は総て貸主の住所地を管轄せる裁判所の審判を受くべき旨合意す

第七条 本債権は不可分とし貸主壱名にても其の執行をなし得べく又本講会の他の管理人に於ても本証書に因る債権の執行を為すことを得べし

第八条 貸主の管理する講会に於て借主が実講員としての債権を有するとき総て本債務弁済の担保に供せられたるものとす

仍て債務不履行の場合は其の対等額に於て当然相殺せらるべきものとす

第九条 借主は債務不履行のときは催告を要せず直ちに強制執行を受くるも異議なき旨認諾す

当事者の表示

神戸市葺合区雲井通七丁目四番地

神戸新聞会館六階

会社員

貸主 大形藤治

明治参拾八年九月生

右者本職氏名を知り且面識あり

尼崎市杭瀬北新町二丁目拾参番地

会社員

借主 大島力太郎

明治参拾年拾弐月生

神戸市生田区北野町参丁目参弐番地

貸家業

借主 上田藤一

明治参拾七年七月生

同市東灘区住吉町観音林壱八七五番地の参八

教授

借主 卜部和義

明治参拾年六月生

神戸市葺合区雲井通七丁目四番地

神戸新聞会館六階

会社員

右参名代理人 春名秀保

大正八年拾壱月生

右者本職氏名を知り且面識あり

右者本人の私署委任状及び法定の印鑑証明書を提出して代理権限並に委任状の真正なる事を証明す

此証書を列席者に閲覧せしめたる処一同之を承認し各自左に署名捺印す <公証人印>

大形藤治<印>

春名秀保<印>

兵庫県神戸市生田区多聞通弐丁目弐拾四番地の壱

神戸地方法務局所属

公証人 山崎敬義 <公証人印>

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